As Usual
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ついさっきのことだ。夕食を終えて茶の間で新聞を読んでいると、庭に面した網戸のところで大きくブンという音が聞こえた。カナブンだ。網戸に張りついている。見るのは本当にしばらくぶりだ。自然が回復しているかのようでなんとなく嬉しい。
小学生の頃、夏になると庭の柿木にたくさんカナブンがやってきた。木のまわりをぐるぐる飛ぶのを見上げ、不思議な感覚にとらわれた。緑色の奥にうっすらと広がる、透き通った黄金のような輝きに宝を感じたものだ。ちっちゃな虫なのに、特別だった。 高校生になり、虫には興味がなくなったが、音楽の虫になった。家の中で楽器を弾き、歌を歌い、曲を作って、キリギリスの生活だった。世の中を知っているつもりでいる、ちょっぴり創作はしているが、消費型の飛んだり跳ねたりの若者だ。すでにその頃には家のまわりからカナブンが消えていたが、こちらの宝も音楽に変わっていた。 夏の終わりのある夜、虫の音が問いを発するようになると、音のカテゴリー区分が意味を失う。つまらないこだわりと、やるべきことがらについて、ようやく見分けがつくようになる。カナブンとメタリックカラーが施された擬似餌のなんたる差。気がつけば、社会は冬で、カウントダウンが始まっている。使命感だけが先走る。 春先の蝶や蜂は命は短いが、希望を抱かせる。蝉のように地中に7年暮らし、地上では数日の命となると人は理不尽さを感じてしまう。どういう自然の使命を帯びているのだろうか。蝉も大いなる自然の宝であるはずだ。 カナブンの夜を考える。
by bgst
| 2005-07-13 21:49
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