As Usual
当Blog内の記事、写真、その他コンテンツ(第三者のコメント・写真・引用文・図表を除く)についての著作権は大沢知之に帰属します。著作及び著作の一部などご利用になりたい方はメールにてtop@spn1.speednet.ne.jp までご連絡ください。各種お問い合わせも同様にお願いいたします。
Blog掲載記事及び著作者本人のコメントはすべて個人としての考え、意見などに基づいて書かれており、いかなる組織、団体、会社をも代表して述べられたものではありません。 以前の記事
2015年 12月 2015年 01月 2014年 11月 2014年 10月 2014年 08月 2014年 07月 2014年 06月 2014年 04月 2014年 03月 2013年 12月 2013年 11月 2013年 09月 2013年 08月 2013年 07月 2013年 06月 2013年 04月 2013年 02月 2013年 01月 2012年 12月 2012年 11月 2012年 10月 2012年 09月 2012年 08月 2012年 07月 2012年 06月 2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2006年 05月 2006年 04月 2006年 03月 2006年 02月 2006年 01月 2005年 12月 2005年 11月 2005年 10月 2005年 09月 2005年 08月 2005年 07月 2005年 06月 検索
その他のジャンル
ファン
画像一覧
|
以下、記録として。
1968年夏、イギリスのへイスティングス(Hastings)に一ヶ月ほど住んだことがある。英語を覚えるため、イギリス人家庭にお世話になった。確か、1 ポンドが 1200 円ぐらいのレートの頃だ。当時の通貨システムは 1 ポンドが 20シリング、5 シリングが1クラウン、1シリングが 12 ペンスなどとなっていて、10進法とはまるで違う世界があることを知った。コインも複雑でハーフクラウン( 2 シリング 6ペンス)、2 シリング、1 シリング、6 ペンス、トレペンス(3 ペンス)、ペニー、ヘイプニィ(0.5 ペニー)となっていた。 いろいろ勉強になることがあった。郊外にある家から街中にバスで通うのだが、途中で数回人種差別にあった。嫌な目つきでChinese あるいは Jap と言われたし、あるときは手に持っていたコインを横にいたおばあさんに無理やり横取りされたこともある(その隣の別のおばあさんがそれ見て、すごく批難していたが)。別になにも恨んではいないが、イギリスの人種偏見は根が深いと思った。 一方、お世話になった家族とその娘夫婦は何の偏見も持たず、毎日家族同様に扱ってもらい、一緒に3時のお茶をしたり、夕食後に音楽を聴きながら、ピンボールやダーツ(そしてお茶)をしたりしてよく遊んだ。英語を学ぶかたわら、イギリスの習慣に親しんだ。朝は必ずトースト、ベーコン(小さな骨入り)・エッグに紅茶、昼とか夜はよく dover sole (ドーヴァー海峡の舌平目)あるいは halibut (オヒョウ)といった魚やチキンだった。中年夫婦には息子がいるのだが、イギリス空軍に勤務していて家にはいない。そこで、空き部屋を海外から勉強しにくる子供に貸しているのだった。隣に田園風景が広がる静かな住宅地だった。 へイスティングスはノルマン人が最初に上陸した激戦地として有名なところだ。中心市街の裏手に大きな岩山があり、頂上に古城があった。休みの日や勉強が終わった後は、よくこの岩山に登って、下に見える町並みとドーヴァー海峡を眺めていた。誰もいない静かな岩場で日が沈んでいくのを見るのは心地よかった。イギリス南部の避暑地として利用される街にはビンゴ・ホールが数多くある他、ゲームセンターや映画館もあって、賑わっていた。治安はよく、夜まで遊んでいても危険を感じることはまったくなかった。 一度、勉強を教えてくれる先生や生徒たちが一緒に旅行することになり、バスでブリストル経由でサウザンプトンに行き、それからロンドンを訪れた。ヒッピー文化真っ盛りのロンドンは見ていて面白く、時代の先端を行く雰囲気が漂っていた。特に Piccadilly Circus 周辺はまさしく psychedelic な状況だった。 ロンドンから戻り、へイスティングスの街のレコード店で Beatles の "Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band" の LP を買った。これを最後に小遣いがなくなり (12才には高い買い物)、ギリギリの生活をして過ごしたのだった。でも、今から思えばこの投資は大正解だった。40 年近くたって、その買い物の本当の意味がわかる。
by bgst
| 2005-07-19 11:17
|
ファン申請 |
||